11.
第十一話 ストイックな女
授業が終わり教室でアンが来るのを待つ。私はいつもアンが来るまで教室で待ってそれから一緒に帰るようにしてる。この学校は1年生の教室は3階で2年生は2階3年生は1階という配置なので私が1年生の教室に行くよりアンが2年生の教室に寄る方が自然だった。すると後ろの席のミサトから話しかけられた。
「ねえ、帰らないの?」
「あ、私は人を待ってるからミサトは先に帰っていいよ」
「彼氏?」
「まさか! ただの後輩の女の子よ」
「ふーん」
と、言いつつもミサトは疑っているようだった。私がソワソワしていたからかもしれない。でもそれは早く麻雀部に行きたくてソワソワしていたのであって恋人との待ち合わせとかではないのだが。
「ミサト帰らないの?」
「カオリの後輩を見てから帰るわ」
するとその瞬間扉が開いた。
ガラガラガラ
「先輩お待たせ!」
アンだ
「じゃあ私帰るからまた明日ねミサト」
そう言いカオリとアンが帰ろうとするとミサトがついてきた。
「え? 私たち行く所あるんだけど……」
「それって私がついてっちゃマズイ所?」
「そういうわけじゃないけどー」
「じゃあ、連れてって。私カオリと友達になりたいの」
「ひとつ聞きたいんだけど。ミサトは麻雀ってやったことある?」
「ゲーム機でならやったことあるからルールは分かるけど、それが?」
「はい、決まり」
こうして、その日から井川ミサトが麻雀部に加わった。
◆◇◆◇
自己紹介がまだだったので駅まで歩きながらミサトはアンに自己紹介をした。
「……あの、はじめまして、私は井川美沙都。名前の由来はミサの日に都で生まれたから。ミサトって呼んでね!」
「あたしは竹田杏奈です! 麻雀部で唯一の1年生。好きにこき使っていいんで! よろしくお願いします」
「麻雀部?」
「そう、私たちは麻雀部です。今から向かうのはその部室。麻雀は知性なくしては勝てないゲーム。知恵と度胸を試される真剣勝負でしょう。高校生が部活動にしても全く問題ない健全なものなはずなのにそんな部活はないじゃない? おかしいですよね。だから先輩は自分達で勝手に部活を作ったの」
たしかに、麻雀はギャンブルのイメージはあるが他のギャンブルとはまるで違い100%頭脳戦だ。ギャンブルのイメージがあるものは大抵がバカでもタコでもできるようになってるが麻雀だけはそうはいかない。ゲームとしてとてもよく仕組みが考えられている最高クラスの頭脳ゲームだ。
「面白そうね。運動部に入って青春しようかと思ってたけど、あなた達とする麻雀の方が楽しそう。お仲間に入れてもらうわ」
ミサトのふくらはぎはしっかりと筋肉がついていて陸上部だったんだろうなと思った。
駅に着いたので3人は改札をくぐり、ちょうど今到着した電車に乗る。車内はガラガラに空いてて席は空いていた。
「ラッキー♪ あそこ3人分空いてるじゃん、座っちゃお」
とアンとカオリは座るがミサトはその前に立った。
「座んないの?」
「うん、鍛えてるから」
「へえ……」変わった人だねとカオリとアンは顔を見合わせた。
ミサトは生物としての力を付けていくことが生きる上で最も必要なことであり、信仰はいらないし学習も二の次、まずは体力ありきだという考えを持っているストイック系美少女だった。
後に彼女は護りのミサトという超一流雀士になるのだが守って逃げ切るその時にこう言った。
「守備力の高さは体力から生まれる」と。
12.第十二話 ドラ重なりに備えるピンポーン『……はい、ああカオリちゃん。ユウならまだ帰ってきてないよ。上がって待ってれば』とスグルが眠そうな声でインターホンごしに言う。どうやら今日は寝ていたらしい。悪いことをした。「お休みの所すみません、おじゃまします」と3人は靴を揃えて上がる。「いいんだよ、もう起きようと思ってたとこだ。今日は新人さんもいるんだね」「はじめまして、こんにちは。井川です。カオリさんのクラスに今日から転校してきました。よろしくお願いします」「はじめまして、今日からならあまり遅くなると家の人が心配するだろう。今日はいつもより少し早く切り上げようか」 ということで今日はユウとマナミを待たずにもうスタートした。 準備が整い試合開始。と同時に玄関のドアが開いた。ガチャ、バン!「ただいまーー!」「おじゃまします」 ユウとマナミだ。「あー、もうはじめてるー!」「あれ? そちらの方は?」「はじめまして。井川ミサトです」それ以上は言えなかった。いまは喋ってる場合ではない。もうミサトの手はかなり整ってきていた。親番のミサトは今が集中の時なので口を動かしていられない。 ユウとマナミはミサトの手を見に後ろに回った。東1局 親番 7巡目 ドラ1ミサト手牌二三四六七八赤⑤⑥12345 伍ツモ ミサトはここから最終形の強さと打点を考慮して打5とした。ドラ重なりに備える優秀な一手だ。しかし、次巡のツモは……ツモ赤5!ミサト手牌二三四伍六七八赤⑤⑥1234 赤5ツモ「~~~~~!!」(わあ、最悪)(でも仕方ないね)とユウとマナミはアイコンタクトで会話する。打1(だろうね)(まあそうなるかな、2索でもいい気もしたけど)次巡ツモ1ミサト手牌二三四伍六七八赤⑤⑥234赤5 1ツモ「!!」 これにはユウとマナミも笑いを堪えるのが大変だった。「……そんなんあんの」と少しボヤいて打1次巡ツモ⑤ミサト手牌二三四伍六七八赤⑤⑥234赤5 ⑤ツモ打2イッツーも見えてきた。すると、上家のアンの捨て牌が横になる。「リーチです」一発目に引いた牌は二萬。ミサト手牌二三四伍六七八赤⑤⑤⑥34赤5 二ツモ考える余地はない。「リーチ!」打⑤「ロン!」アン手牌四伍六④④④⑥456678 ⑤ロン「どないせっつーねん!
13.第十三話 偶然だから尊い「あ! 猫」 佐藤ユウは動物が好きだった。特に猫には目がなく、道端で猫を見かけると反応してつい目で追ってしまう。「あー、いっちゃった……」「ユウちゃんホント猫好きね、家で飼ったりはしないの? ユウちゃんち一戸建てじゃない」とマナミが言う。「分かってないなぁ。猫は自由にしてるからいいのよ。飼いたいんじゃないの。偶然出会うから尊いのよ」「偶然だから尊い…… なるほど」「それに私の両親は生き物を飼うことは反対する人達なの。嫌いなわけじゃないのよ。むしろ動物は好きなんだけど、だからこそ命をおもちゃにしたくないって考える人達で、だから私は葉っぱしか飼ってたことない」「葉っぱ?」「うん、小さい頃にね。どうしてもペットが飼いたくて大きな葉っぱに紐つけて、葉っぱペットっていって可愛がってたの。おかしいでしょ」「アメリカじゃただの石がペットとして流行った時代があったって聞くけど、それと同じかな。面白いわね」 そんなたわいもない話をしながら水戸駅から15分程歩いて佐藤家に到着した。今日も麻雀の時間だ。 マナミは先程のユウの言葉を思い出していた。(偶然だから尊い……) それはある種の麻雀の真理かもしれなかった。マナミはアニメやドラマが好きで、麻雀のアニメやDVDなどは色々観てみたのだが、どれも手品のようなイカサマをして勝つだけの話ばかりであり、それに対してなぜかは分からないが何も魅力を感じていなかった。しかし、その理由が今分かった。必然の勝ちなんて何も面白くないと言うこと。 勝利とは奇跡であってこそ。偶然のチャンスを掴んだからこそ尊いのである。 その日の夜、自室で寝る前にマナミはカオリに話しかけた。「カオリー。私たちがこうして出会ったのは偶然かな?」「何よ急に。偶然だったらどうだっていうの」「だとしたら尊いなって。……ふふふふ。それだけ」「?」「なんでもないの。おやすみ」「? おやすみ」
14.ここまでのあらすじ 親の再婚により姉妹になったカオリとマナミは同じ『麻雀』という趣味を持つ仲間だった。二人は面子を探して麻雀部を結成。マナミのクラスメイトの佐藤ユウの家を借りて部活動のようなものが始まった。【登場人物紹介】財前香織ざいぜんかおり通称カオリ主人公。読書家でクールな雰囲気とは裏腹に内面は熱く燃える。財前真実ざいぜんまなみ通称マナミ主人公の義理の姉。麻雀部部長。攻撃主体の麻雀をする感覚派。佐藤優さとうゆう通称ユウ兄の影響で麻雀にハマった。名前の通りのとっても優しい女の子。お兄ちゃんの事が大好き。竹田杏奈たけだあんな通称アンテーブルゲーム研究部に所属している香織の学校の後輩。ふとした偶然が重なり麻雀をすることになる。佐藤卓さとうすぐる通称スグル佐藤優の兄。『ひよこ』という場末雀荘のメンバーをしている。人手不足からシフトはいつもランダム。自分の部屋は麻雀部に乗っ取られているがそれ程気にはしていない。井川美沙都いがわみさと通称ミサト麻雀部いちのスタミナを誇る守備派雀士。怠けることを嫌い、ストイックに生きる。その2第一話 カオリの誓い 今日は休みなので佐藤家に麻雀部員が昼間から全員集まった。「今日は私抜きで4人でやっていいよ。私はやりたい事があるから」とカオリが言う。「やりたい事ってなに?」「みんなの麻雀を後ろから見てみようと思って」 カオリは自分が一番未熟だと思っているので勉強がしたいのだ。しかしいつもは人数がギリギリなため自分もプレイヤーになるしかない日が多かったが今日はスグルを数に入れなくても5人いる。この機会に後ろから見て色々吸収しようと考えた。 じゃあ私の後ろにおいでと全員がカオリを誘う。みんなして見られたい欲求があるとはたいした自信家たちである。そういう点でもカオリとは全然違っていた。 時間がたっぷりあったのでカオリはその日全員の麻雀を見て回りその日のことを『香織の秘録』に書き残した。 ××年××月××日 今日は一日かけて全員の麻雀を研究した。 我が姉である財前真実は全局参加型のアガリ回数勝負。打点や副露などのこだわりはあまりなく、何とかして美しく整わないものかと探る嗅覚に優れている。守りは薄いが力押しに特化しておりアガリが多いのでそれが結果的に守備にもなっていて
15.第二話 新入部員たち 月日は流れてカオリたちは3年生になった。受験生になってはさすがに今まで通りに遊ぶことは難しい。 1人だけ1年生だったアンナだけはまだ2年生なので余裕があったが他の4人は全員3年生だ。必然的に集まりは悪くなった。「いいよ、私1人でも麻雀部続けるもん!」とアンナは言うがスグルとアンナの2人きりの部室はもはやただスグルの部屋に女子高生が1人上がり込んでいるだけであり、ユウは気になって受験勉強どころではなかった。 しかし、ある日その状況に変化が起きた。なんとアンナが後輩を連れてきたのだ。しかも2人も。「その子達は?」「テーブルゲーム研究部の新1年生。私が籍は置いてるけどほとんどテーブルゲーム研究部にいないのはどうしてなのかこの子達に問い詰められて、別の場所で麻雀の研究してるって言ったら興味があるって言ってついてきちゃった。別にいいよね?」「いいも何も好都合じゃないか。これでまた4人麻雀が出来るようになるな」「だってさ。良かったね2人とも」「ありがとうございます」 2人はそう言うとあらためて自己紹介をした。「私は中條八千代です。ヤチヨって呼んでください。趣味はチェスとオセロです。テーブルゲーム研究部ではみんな将棋ばかりしてて実質将棋部になっていたので麻雀の方が楽しそうだと思ってついてきました」「私は三尾谷寛子です。私も将棋より麻雀に興味があってついてきました。ヒロコって呼んでくださいね♪」 斯くして麻雀部は顧問のスグルを合わせて8人。2卓分の人数になった。◆◇◆◇ 一方、ミサトはカオリに手を焼いていた。 2人は3年生になっても同じクラスだった。3年生のクラスは1階なのでベランダは無いが庭があった。庭には小さな花壇と畑があり。その奥に小川が流れていた。遠くには山も見える。(いい眺めだなあ)と窓際の席になったカオリは外を見る。「川…。川かあ…… 山もあって…。いい風も吹いてる。麻雀したいなあ」 そう呟きながら気付けば消しゴムを握っていた。消しゴムを握っては右回転切りでパシン! パシン!「カオリ! なに消しゴムツモ切りしてんの」「いやあ、だって、山も川も風もあって、麻雀を連想しない方が無理じゃない?」「山も川も前からあったし風も今日だけ珍しく吹いてるわけじゃないでしょ。落ち着いて、あれはいつもの見慣れた大
16.第三話 麻雀大会をしよう!「さて、今日は全員集合するわけだけど1年生が遅いわね」「なんか買い物してから行くって言って駅前で2人はいなくなりました」とアンが報告する。 ガチャ「お邪魔しまーす!」(佐藤家は基本的に鍵を閉めていない)ヤチヨとヒロコが遅れてやってきた。何やらガサガサと袋の音がする。 「何買ってきたの?」「カップ麺を人数分とお菓子を少々と飲み物を大量に買いました」「え、気が利くけど…… なんで?」「なんでって今日は金曜日ですし多少遅くなっても明日は休み、8人いるならトーナメント戦で麻雀大会をやりたいなって」「やりますよね?」 そんな話は聞いてない、だが答えは全員聞くまでもなかった。「やるに決まってるわ!」 マンズを引いたらAグループでピンズを引いたらBグループということにして8人はまずトーナメントのグループ分けをした。ユウ「③筒」ミサト「二萬」ヤチヨ「①筒」マナミ「②筒」アン「三萬」スグル「一萬」ヒロコ「④筒」てことは、私は四萬か……とカオリも最後の1枚を一応盲牌すると。カオリ「伍萬……?」めくってみたら四萬じゃなかった。「5入ってんの? 4までじゃなく?」 準備したのはユウだった。「いいじゃない、マンズかピンズなら。ちょっとパッと見で四萬が見つかんなかったのよ」 問題ないが少し驚いたし、嬉しかった。実を言うとカオリが一番好きな牌はこの『伍萬』なのである。他のマンズはただの漢数字なのに何故だか5だけは人偏がついているということ。そしてその文字の意味は『対等』や『仲間』という意味があると言う事をカオリは知っていた。「ううん、いいよ。私、伍萬好きだし」 まずは一回戦Aグループヤチヨマナミユウヒロコこの4人の戦いだ。 場決め用にまずは東南西北を伏せてかき混ぜて掴み取りをする。ちなみにだが、この方位の順番は季節風の流れを表しているという説がある。春は東風。夏は南風。秋は西風。冬は北風だ。それを知ってると風牌がドラの時も分かりやすい。ヤチヨ「西! やった!」 西家スタートあたりは得することが多い。南3局という重要な局面で親になることで一気に勝負を決めることが出来るし南2局までどんなにへこんでいても焦らずにいられるからだ。ヒロコ「北。ラス親かあ」 北家スタートだとオーラスに親を
17.第四話 損得勘定 東1局はマナミが手なり※で5巡目に先制リーチをかけた。「えー! はやいー!」 全員からのブーイングだ。別に5巡目リーチは言うほど早くはないが。 数巡後……「ツモー!」マナミ手牌四伍六六七八②②②③④⑥⑦ ⑤ツモ マナミがメンタンピンツモの2600オールを仕上げる。7800点の収入。全員と10400点差のつくアガリだ。充分な打点であると言っていいだろう。 麻雀にはこの『点差』というものへの意識が重要で、例えば親番に8000を放銃したとしてもそれにより開く点差は16000であるため放銃回避をしたばかりに3000.6000をツモられて18000点差開くよりはマシだ。親番に3900の放銃をして7800点差つこうとも1300.2600をツモられてしまえば結局は7800点差開くので同じことだから気にすることはない。 この点差への意識を高めていく事で『押し得』か『降り得』かを見極めていく。麻雀とはそういう損得勘定をするゲームなのである。 さて、親のマナミが和了ったので東1局一本場だ。 スッ。とマナミが100点棒を右に置く。これは積み棒と言って一連荘目という目印だ。マナミのその積み棒を置く動作の似合うこと。堂々たる所作。(強い…… これが3年生!)ヤチヨとヒロコは既に圧倒されていた。しかし、ユウの心だけは少しも揺れていなかった。まだ、東1局。なんとでもなる。そう、考えていた。 メンタンピンをツモっただけ。それだけだったが気持ちの上ではマナミとユウの一騎討ちになりつつあった。 東1局一本場のサイが振られる。1ゾロの2 「ヤチヨちゃんドラ開けて」「あ、ああすいません……!」 これは2が出るとよくある事で、サイの目が2だと取り出しは右からになるのだがドラ表示牌は対面になるため対面がドラ表示牌をめくるのを忘れる事がある。 この時ヤチヨは完全にマナミの気合いに圧倒されていたので余計に忘れてしまった。(ヤチヨちゃんじゃ勝てそうもないな。ここは私がなんとかしなきゃ) そう感じて、展開読みのエキスパートである賢者ユウが動き出した。東1局一本場7巡目ドラ中「チー」 佐藤ユウのリャンメンチー。②③と持っている所の④を上家であるマナミからチーした。しかもその前巡にはマナミは①も捨てており、それには食いついてないという情
18.第伍話 ヒロコの選択 やはりマナミとユウの力の前ではテンパイ速度が違いすぎていてヤチヨは頑張ってはいたがアガれない。 苦戦する1年生達にそれでも全く容赦しない、というより油断しないのがマナミでありユウであり、つまりは勝負師であった。 本気で倒しに行く。それでも勝負は時の運なのだから。油断なんてしていいわけがない。 何度かヤチヨはテンパイしたが和了はないまま最終局をむかえた。ヒロコに至ってはまだテンパイすらしていない。 だが、ヒロコは楽しんでいた。先輩達の和了の美しさ、強さに惹かれて自分が負けてるということを辛く思うより、単純に憧れた。こんな風に麻雀をしたい。そう思ってもはや見惚れていた。 そんなヒロコは持ち点5000点しかなく。トップのマナミと36100点差。2着のユウとも31000点差もついていた。点棒状況マナミ 41100点ユウ 36000点ヤチヨ 17900点ヒロコ 5000点 もう逆転とかはほぼないなと思いつつも最後まで楽しんだオーラス親のヒロコの配牌がこれだった。ヒロコ手牌二二三三伍伍八⑥⑦⑦7788ドラは中 ドラこそないが配牌でタンヤオチートイツのテンパイをしてる!「ちょ! ちょっと! 見て見て見て見て!! すごくないですかこれ!!」と周りで見ていたカオリやスグルを呼ぶ。まるでもう和了ったかのような大騒ぎだ。(おおおおおお!!)とギャラリーもざわめく。「りーちいぃいいぃ!」打八ギャラリーは無言で顔を見合わせた。(そっち切るんかい!)と 麻雀は1や9は端牌と言って使いにくい牌なため捨てられやすく和了を拾いやすい。その次に出やすい牌が2や8だ。 そして、6などはそう簡単には出てこない牌。つまり、ここは⑥切りで八単騎に受けるのが普通なのだが。 ヤチヨは打八として一発を回避した。後ろからヤチヨの手を見るとかなり整った配牌をもらっていて八は現物になってなくても捨てたかもしれなかった。 そしてこれは2着までが勝ち上がりのトーナメント戦なためヤチヨが放銃するのは4から3に上がるだけで意味がない。(そうか! ヤチヨちゃんから出ても意味ないどころか裏乗ったらトビで終わるから困るんだ! なら出にくい牌で待っている方がいいのかも!)(これは⑥に受けたのが功を奏するのでは?)とギャラリーたちはざわついた。 中々
19.第六話 本物の一流雀士「さてと、Bグループをやる前にちょっと休憩しながらさっきの半荘を振り返ろうか」とスグルがお湯を用意する。「私、焼きそばがいい!」「私はトマト味ね!」「じゃあ私はしょうゆラーメン」「私はまだいいからココアちょうだい」など、各々好きなものを手に取り休憩に入った。 バリッ!「ポテチの基本はやっぱりうす塩ね」「私はのり塩が好きなんですけど先輩たちが歯にのり付くの気にすると思って」とヤチヨが言った。たしかにのり塩は食後の歯のりチェックが必須だから面倒ではある。「そんなの気にしないで自分の好きなの買えば良かったのに」「だからふたつ買ってきたんです」袋をよく見たらのり塩もあった。 部員たちはあれこれ食べながらいつもの研究モードに入り始める。オーラス⑥筒単騎にしたのは凄かったね。という話題になった。「あの点棒状況とトーナメント戦という条件。トビ終了採用ということ。全てを加味すると確かに八萬単騎より出されにくい⑥筒単騎の方がむしろいいということはあり得る」「押してくれるのは三着目のヤチヨだけだしね」「あの時、ヤチヨにもドラの中が2枚来ててソーズのメンホンで倍満目指してたんだよ」「じゃあ八萬単騎にしちゃってたら……」「間違いなく放銃ね」「となると、さすがに単騎リーチをかけて見逃しはちょっと出来ないから、裏乗らないで! と言って倒してたね。裏裏で飛ばして三着でおしまいになっちゃうとこだったわ」 細かい手順はまだ荒い1年生達ではあったが戦略性はしっかりとしていてヤチヨもヒロコも優秀だった。さすがはテーブルゲーム研究部に所属するだけのことはある。「あ~ん、私がまさか一回戦で負けるなんて~! 悔しいー!」ベッドに転がり枕をバンバンと叩いて悔しがるユウ。「おい、おれの枕をバンバンするな。ホコリが飛ぶだろ。ユウの焼きそばもう出来るぞ」「湯切りしてきて♡」「……たく。ハイハイ」──── ひと休憩入れたので切り替えて、Bグループの場決めを行う。東家 カオリ南家 スグル西家 ミサト北家 アンこの並びに決定。「「お願いします!!」」(スグルさんの上家になれたのは良かった)内心カオリはそう思っていた。なぜなら結局はこの中で一番強いのはスグルであり、その下家になってしまったら1枚も甘い牌は鳴かせてもらえないだろうか
46.第十一話 イチゴサンド 金色に近い茶髪をした少女は車窓から見えるのどかな風景を立ちながら見ていた。(落ち着くわ…… どこまでも緑。時々花が咲いていて。少し前まで東京でコンクリートばかり見て暮らしてきたのが嘘のよう。やっぱり人間は自然の中が落ち着くようになっているのかしら。人間である前に動物ってことね) そんなことを思いながら大洗鹿島線(おおあらいかしません)で鹿島神宮(かしまじんぐう)へと向かっていたのは来週プロテストを受ける井川ミサトだ。 鹿島神宮は勝負の神様。麻雀プロテストの合格祈願にはもってこいなのである。 車内はガラガラに空いていて座席は選び放題だったが例によってこの少女は座らない。常に肉体を鍛えている。鍛えてはいるのだが、食べ物は好きな物を食べたい。そこは譲りたくないので、せめて運動量は多くしていく。ミサトはそういう考えだった。 美味しいものを食べることすら我慢して鍛えるのは違うような気がするのである。そこは食べようよと。なので当然、今回も鹿島神宮で祈願を済ませた後はアリスラーメンに行くつもりだ。けど、今回の目的はラーメンではなくフルーツサンドだ。 正直言って迷った。ラーメンを食べるべきかどうか。両方ともというのは大人の考えで、まだ学生のミサトにはラーメンもフルーツサンドもというのは贅沢過ぎた。 前回は店内でみんな一緒にラーメンという計画だったので選択肢に無かったが今回は一人旅だ。無人販売所のフルーツサンド…… 食べてみたい! しかし、ラーメン美味しかったし…… でも、イチゴサンド食べたいし……。決定出来ないまま長考中のミサトだったが到着したら選択の余地がなかった。なぜなら現在時刻14時55分。昼営業のラストオーダーは14時45分までなのである。さすがに夜営業の17時までは待っていられない。無人販売所なら24時間あいている。(よし、運命がイチゴサンドを
45.第十話 スグルの新人教育 スグルの働く鶯谷(うぐいすだに)の雀荘『富士』に新人(と言っても48歳。雀荘経験はあるが過去に2度迷惑かける形で辞めている)が入った。 新人の名は久本一夫(ひさもとかずお)。彼はそれなりに仕事をやった。まるっきりダメというわけでもない。だが、50分に出勤する奴だった。 別にそれ自体は責めることではない。従業員規定には55分には着替えて挨拶を終えた状態にするようにとあるのでギリギリ間に合っている。 ……が、問題は反対番との交代の時に起きた。 新人のカズオはその日21時30分スタートの卓に着いていた。そこに、遅番のスグルが出勤する。「おはようございます!」 するとカズオはこれはしめたとばかりに「ここ行けますよ!」と交代を主張してくる。東1局一本場21000点持ちの北家だった。つまり既に4000オールを引かれている。 優しいスグルはそこを交代するが、それを直後に出勤して状況を把握したマサルがカズオを呼び出す。「久本さんはなんでここスグルに打たせてんだ。しかも失点しておいて。スグルの方から交代すると言ったのか?」「えっと、違います……」「久本さんのいつもの出勤時間は50分なんだから30分スタートのゲームは交代してもらう訳にいかねえとは思わないのか?」「……え」「え、じゃねえ。いいか、この恩をスグルに返すまでは必ず30分に出勤してきなさい。今後50分に出勤とかさせねえからな。したら遅刻として扱う。当然ですよね」「そんな」「あなたはそうやって自分にだけやたら甘くしてきたから集団で不和をもたらして職場を転々としてきたんだよ。全て久本さん自身の責任だ。あまちゃんなんだよ。おれをあんまり怒らせるなよ。いいか、自分はもう歳だから生き方は変われないとかは絶対に言うな! おれはあなたのために今言うぞ。人生はまだ続くしあなたはずっとあなた
44.第九話 もう1人の受験者 私、財前マナミ。今度プロ麻雀師団の試験を受けるから只今猛勉強中よ。 カオリに例の数え役満のクイズを出したらやっぱりというか予想はしてたけど、解けなかった。 カオリはどこまでも真面目なのでアンカン3つして裸単騎にするなどと言う非現実的な答えには辿り着けないだろうなとは思ったが、案の定だった。カオリはなぞなぞ的な問題は苦手なのだ。しかし、その他の『4人が4人とも②③の2面待ちだった。4人の待ちの形を答えなさい』とか『現在1600の仮テンをしている。手替わりAを引けば8000点。手替わりBなら12000点。手替わりCなら32000点になる仮テンだ。現在の仮テンはどのようなものか答えなさい』といった問題は解けたので頭がカタイというわけでもないのだが。 まあ、マスターが言うには別に満点である必要はないから気負わなくても2人ともきっと合格すると思う。と言われたけど、そんな事言われたら落ちた時恥ずかしいので余計に勉強しとかなきゃとなったわよね。◆◇◆◇ 財前姉妹がバイト先で勧められてプロ試験を受けようとしている時、もう1人プロ試験を受けようとしている者が麻雀部にいた。井川ミサトである。 ミサトはプライドが高いので落ちた時のことを考えて今回のプロ試験を受けることを誰にも言っていない。ちなみにカオリ達も誰にも言ってないので試験会場で見つけてお互いに驚くことになるのだが。(プロ試験受かるといいなあ。でも、もし受かったら私とか美人だから大変かしら…… あっという間に人気が出ちゃいそう…… なんてね。下らない心配してないで今日も過去問を繰り返しやってテストに慣れておこう)とミサトは毎日勉強をしてプロ麻雀師団で活躍することを夢見るのであった。 プロテストまであと半月。
43.第八話 クイズ 財前姉妹はバイトで部活でと麻雀を打ち続けた。実践経験も積みながら研究も怠らず、同じ高みを目指す仲間も揃っている。環境に恵まれていた彼女達の成長速度は凄まじいものであった。その上カオリは神様からのコーチまで受けているのだから上手くならないわけがない。 ハッキリ言ってカオリは凡人だった。勉強は出来るけど天才というような大袈裟なものではないし、スポーツも特に普通の結果しか出せない。ただの少女。なにか特別なことがあるかと言えば、麻雀がとてつもなく好き、異常な程に。ということだけだ。そこだけが平凡ではなかった。 しかし、それこそが才能というものであり、天才とはそのたった一つの”異常な程好き”があれば誕生するのである。 ──── カオリ達のバイト先は女流プロの成田メグミという選手が平日働いていた。学生のカオリ達とはシフトが被らないので会った事がないのだが、彼女が居るのでこの麻雀『ひよこ』には毎月いくつかのマニアックな麻雀雑誌が届く。なんでも読むカオリはその雑誌『月刊麻雀プロ』にも興味を持ち読んでいたらマスターから「お姉さんと一緒にプロ試験受けてみたら? 試験は来月末だから勉強する時間はあるし、受験料は店が出すから」と言われた。「へっ!? 私がプロですか?」「カオリさんもマナミさんもたいした腕だ。これからの麻雀界に必要な才能だよ。挑戦しておいでよ! プロの世界に」「でもまだ私は大学生だし。早くないでしょうか」「早いくらいがいいのさ。人生はそんなに長くないぞ」 カオリは自分にそこまでの力があるとは思えなかった。しかし、これこそがカオリの良さで、いつまで経ってもまだ未熟だと本気で思うカオリだからこそ、鍛錬をサボらない。慢心しない。いつまでもチャレンジャーなのだった。「大丈夫だ、カオリさんもマナミさんもプロになれるよ! 受けてみなよプロ試験!」「……
42.第七話 womanの過去 井川ミサトはあえて自転車通学をすることで肉体を鍛えていた。電車とバスで行けばいいものを常にシンプルなギアすらない自転車で行動して肉体強化トレーニングを日々の暮らしの習慣に取り入れた。 高い守備力は高い集中力から生まれる。集中力を欠かさないためにはまずは体力だというのがミサトの出した答えであった。 守備のスペシャリストである【護りのミサト】の点箱は金庫と言われる程、一度手にした点棒は出さない。ミサトから引き出すにはツモるしかないと皆がそう思うくらいにはミサトの守備には隙が無かった。 ある夜、ミサトがトレーニングで走っていたらカオリがいた。バイト帰りだろうか。 話しかけようとしたが、カオリは誰かと話していた。ケータイで通話中だろうかとも思ったが両手は上着のポケットだしイヤホンもしていないように見える。(誰と何を話してるんだろう) ミサトはなんだか怖くなって聞けなかった、それにカオリは楽しそうに話していたので放っておくのが一番かもと思って空気の読めるミサトは見なかったことにした。 でも、いつかはこの日のことを教えてもらおうと思ったのだった。◆◇◆◇ カオリはその日、赤伍萬キーホルダーの前の持ち主のことをwomanに聞いていた。「ねえwoman。あのキーホルダーを私にくれた彼はどんな人だったの?」《ああ、彼はねえ。面白い人でしたよ。とっても走るのが速くてね。麻雀も速度と手数で勝負するタイプでした。韋駄天なんて呼ばれてて。麻雀も人間性も良かったです》「へぇ。好きだったんだ」《ちょ、カオリ。私は付喪神ですからね? でも、まあ。うん…… 少し考えが足りない所やヤンチャな部分もありましたが、基本的にはとても善良で、虫も殺さないくらい優
41.第六話 生きがい《最近腕を上げてきましたね。カオリ》「そうかな、私には分からないけど」《うまくなってきてますよ。相手の癖なども把握しているし対応力が付いたように見えます。カオリは敵戦力を見極める目を持っているんですね》「褒め過ぎだよ」 バイトあがりの帰り道、上着のポケットに入れた赤伍萬を握りながら歩く。 雀荘には赤の予備牌がたくさんあるのでマスターに断って1枚貰った。素直に「赤伍萬が好きなので1枚貰っていいですか」とお願いした。「たくさんあるから別にいいけど、1枚だけあっても仕方ないだろ」と言われたが「部屋に飾ります」と言いごまかした。本当は1人の帰り道に一緒に話す友達が欲しかったのだ。まあ、womanは友達というか神様なんだけど。《今日のチーなんて素晴らしい発想でしたよね。アガリに向かうつもりではない鳴きをするなんて》「ああ、親の一発消したやつね。あれはだってああでもしないと……」《わかりますよ、仕掛けていた下家を応援したんですよね》「そう! さすがwoman!」《親のリーチの一発にはさすがに勝負は効率が悪いとし仕掛けた下家がオリを選択してしまうというパターンになることを嫌ったんですよね。そこでカオリが一発消し。あのチーからは下家への(一発は私が無理矢理消したからアナタはオリないで頑張って! お願い! 一緒に戦って!)という願いが聞こえるようでした》「womanは全部わかってくれるんだね」《ふふ、神様ですからね》「そうでした」 カオリは夜道を歩く時はこうしてwomanとずっと話しながら歩いた。その方が誰かと話していると思われれば変質者対策としても機能し安全だとも思ったし、何より神様との麻雀の会話は本当に楽しかった。◆◇◆◇ 一方、その頃。スグルの方は店が大盛況していて日暮里(にっぽり)の2号店に続き3号店をオープンさせようかという話があった。スグルは目の回るような忙しさというものを初めて体験して、大変な思いをしていたが、同時に仕事にやりがいを感じてもいた。「萬屋(よろずや)さん、おれこの仕事場、やりがいがあって好きかもしんないです」「そうか、やりがいね」 そう言うと萬屋マサルは少し嬉しそうに笑った。「萬屋さんも、この仕事が好きなんすか?」「そうだな、おれはこの仕事にやりがい以上のものを感じている」「やりがい以
40.第伍話 一番大切な顧客 スグルは『富士』で身内からの信頼をあっという間に得ていて、1ヶ月もする頃には遅番に居なくてはならない存在となった。 というのも、スグルは信頼獲得のとても単純で簡単な方法を分かっていたから。それは誰よりも早く出勤すること。それだけだ。 スグルは30分前には必ず出勤していた。たったそれだけだが、それは《私はやる気があります!》というメッセージを与えるには最も効果的な手だった。信頼されてないということは不利なこと。そこに気付いているスグルなので必ず早く出勤して信頼を勝ち取った。◆◇◆◇ その頃、財前姉妹はそのスグルの考えを社会に出る前に知っておいて欲しいこと、として教えてもらっていたからさっそく実行していた。30分前出勤 これを実行するだけで高評価になるならやるべきだ。とくに麻雀業界は必ず反対番がいるので自分らを早く帰してくれる反対番の存在はもはや神よりもありがたい。既に12時間労働しているのに反対番が中々出勤しないがために本走で残業などあってたまるかということだ。 身内に感謝されないスタッフが店に良いスタッフであるわけはない。まずは身内に好かれる人であれ。それがスグルの教えであった。雀士は雇われであれ個人事業主のようなもの。身内とは接点が一番多い、つまり身内こそが一番大切な顧客なのである。 お客様だけが顧客ではない。自分にとっての顧客とは対局相手となりうる全員のことだと知ること。そう、スグルは教えてくれた。 この世に敵はいない。いるのはお客様だけ。それがスグルの考えなのだった。 さて、アルバイトを始めたので麻雀部へと顔を出す時間が減った財前姉妹だが、麻雀部はそれでも変わらず稼働していた。特に、向上心のあるショウコやサトコが料理研究会の無い日は毎回来るのでアンとユウはほとんど毎日2人に基礎戦術を教えていた。「理由もなく切る牌はない。その牌が打たれたという現象の裏にはそれをさせた理由が必ず付いてくる。影から光を知るようにそれを読み取るのが読みの一歩目」とアンは読みを教え。「読みがあるなら読まれもある。相手はどう読み取るかを把握して読ませて誘導するのが罠作りのファーストステップよ」とユウが教える。 最初は基礎手順すらちんぷんかんぷんだった2人だが、全員のレベルがハイレベルな環境にいたからか、あっという間にこれらの会話
39.第四話 雀荘ひよこの新スタッフ「せっかく真面目なやつが来てくれたと思ってたんだがなあ」 マスターは誰もいない店内でそうポツリと呟いた。強いやつ、ズルいやつ、賢いやつ、モテるやつ、悪さをするやつ、色んなやつと働いてきた。この店を作ったその時から、自分の店を任せて安心なやつを求めて人を探してた。(アイツになら、継がせるのも良かったと思っていたが、まだアイツは麻雀を強くなりたいという情熱があったようだ。……武者修行に出たいから辞めますなんて、やっぱりアイツは真面目そのものだなあ)「ふふ」 マスターは笑みが溢れた。スグルが行ってしまったのは痛いが、その行動こそ、スグルらしいなと思うと笑ってしまう。(頑張れ) ただそう思った。アイツに大きくなって欲しい。挑戦者であって欲しい。 午前中の店内はまだ誰もいなくてマスターは1人で朝の仕事をやっていた。 前日の片付けやフードメニューの仕込みなどやるべきことは割とある。 するとガシャンと扉が開いた。ずいぶん早いが誰だろうか。「いらっしゃいませ!」 入ってきたのは場違いなくらい若くて綺麗な2人だった。「えっと、4名様かな?」 こんな時間に来客とは珍しい。多分、貸し卓の新規客だろう。にしても綺麗だ。雀荘に来たのは何かの間違いではないだろうか。「いえ、私達フリーで少し打とうと思って来ました。でも、すぐに出来ないなら出来ないでいいです。本題から済ませるので」 フリー? 本題? どういうことだ。「アルバイト募集してませんか? 私達ここで働きたいんです。土日祝日だけになりますけど。良ければ雇ってください」「えっ、どういうこと?」 マスターは驚きのあまりワケのわからない返しをしてしまった。こんなに驚いたことは今まで生きてて初めてかもしれない。「ですから、ここでアルバイトを。土日祝日だけ。どうですか? と」「このお店は麻雀をするとこだけど?」「もちろん分かっています」「私達は高校生のころ佐藤スグルさんに鍛えてもらったんです。今は大学生なので年齢は問題ありません」 これは夢だろうか。スグルがいなくなったと思っていたらスグルの弟子がやってきた。しかもこんなに綺麗な女の子が2人だときてる。「……えっ、と……分かりました。じゃあ採用するのでシフトを作りましょう。初日は2人とも来てもらうけど、基本的には
38.第三話 働こう! 少し離れた土地で麻雀をするだけ。それだけのことかもしれない。 牌はいつもと変わらないし、ルールもほぼ同じでやる事は一緒。 だが、この一戦はスグルには大きな挑戦だった。『東京で勝つ』そういう意味があった。 自然と指に汗がにじむ。いつも通りの麻雀なはずなのに緊張して固くなる。(落ち着け…… 毎日やってることを今日もやる。それだけだ) 少し手が震える。格好悪い。止まれ。震えるな。止まれよ。 スグルがそう思っても簡単に制御できるものでもない。震えは気付かれませんようにと願うしかないが、多分全員気付いてる。みっともなくて恥ずかしい。 せめて、せめて麻雀は勝たないと。みっともない姿でみっともない成績を出すことなど絶対あってはならない。男として。 だが、それは叶わないことになる。スグルの東京挑戦初日はボロ負け。(だめだ、使い物にならないと思われたに違いない。畜生! 畜生畜生!!) そう思っていたスグルだが。「佐藤さんお疲れ様。今日はついてなかったけどスタッフには向いてるね。初めてで緊張したんでしょ? そのくらい気を引き締めてるような人の方が私はこの仕事に向いていると思ってる。初めてなのに気を緩めてるような人は信頼できないしね。明日からもよろしく頼みます。ウチに来てくれてありがとう」と萬屋(よろずや)に言われた。萬屋は人を見る目がある。「こちらこそ、ありがとうございます。よろしくお願いします」 散々な成績を出した初日だったがスグルの性格を萬屋マサルは初日で見抜きそれ以降萬屋マサルは佐藤スグルを自分の右腕になれるよう仕事に麻雀にと仕込んでいくのであった。 ◆◇◆◇「そうだ。働こう!」 財前姉妹はアルバイトをしようと思い立つ。それはもちろん修行のため。となるとそのバイト先はもちろん雀荘だ。雀士にとっての修行先など雀荘しかない。いや、他の仕事でも修行にはなるが、せっかくなのでやはり麻雀を仕事にしたい。「スグルさんが働いてたとこなんていいんじゃないかな。スグルさんが辞めて募集をかけてる最中のはずだし」「なんて言ってたっけ?」「『ひよこ』って言ってたわよ確か、そこ行ってみよう」 まずはどんな所にあるのかを確認するため2人はひよこへと行ってみる。『ひよこ』は水戸駅から徒歩15~20分かかるかどうかの所にあった。 「と